友愛の丘とは

沿革

昭和44年2月 全繊同盟の第24回大会で「日本繊維産業福祉基金財団」の設立の提唱に端を発します。その主旨としては「労使が協力して繊維産業内の産業従事者のための福祉施設をつくる」というものでした。
しかし結局は、この構想は労使合意に至らず、3年の後全繊同盟は独自でこの施設を建設することを決めたのです。
昭和48年2月 財源については、全繊同盟組合員一人10円の積立カンパを行うことを決定しました。
昭和49年春 伊豆、富士山麓、浜名湖畔、名古屋市郊外、琵琶湖周辺など全国20ヶ所あまりの候補地から、岡山県御津郡建部町に決定。地元建部町議会の満場一致の誘致案を受け、19万(5万8千坪)を購入しました。
昭和49年9月 一人30円にカンパの増額を決定しました。
昭和50年3月20日 竣工式を行い、建設に着手いたしました。
一年余りの工事期間中にのべ4万4千余名。一件も事故災害を出さないという建設方針のもと無事故レコードを達成しました。
工事に使われた生コン車1500台分のセメントからガラス板、釘に至るまでの資材は、すべてゼンセン同盟をはじめ民主的労働運動につながる仲間の手でつくられたものを使うことで貫かれ、まかなわれました。
昭和51年5月31日 ゼンセン同盟の仲間の力を結集した、「友愛の丘」が設立されました。
昭和51年6月〜 オープン以来、関係各位の絶大なご尽力を得て、着実に事業を進めております。